2009年7月)臓器移植法案と向き合う

2009年07月06日

平成21年6月18日に、臓器移植法改正案が衆議院を通過しました。A、B、C、Dと4つの案が提案された中で、脳死を人の死とし、家族の同意のみで臓器移植ができ、同時に15歳以下の子どもでも提供が可能とするA案が可決されました。
私が現職として仕事をさせていただいてきた3年9か月で初めて、党議拘束を完全に外した採決で、その結果を皆が固唾を飲んで見守っていました。

私は”脳死が人の死”が国民的合意となっているとは思っていません。しかし、私はA案に賛成の票を投じました。複数の視点から考えた末の私なりの判断でした。

その理由の1つは、日本には臓器移植を認める法律が既にあることです。今回も臓器移植そのものを反対する法案の提出はありませんでした。一方では、臓器移植を認めておきながら、もう一方では実質的に臓器提供を阻害する状況と言うのは、解消すべきだと思いました。やはり、臓器移植を認めている以上、その提供を受けられる環境は整備すべきです。

2つ目の理由は、私は個々人一人ひとりが選択肢を持つようにすべきと考えたことです。また、それを考えてもらいたいとも言えます。
今の法律では、自ら提供する意思表示をしている人にしか臓器提供は関係ありません。しかし、A案が通れば、家族の同意によって全員が提供者になる可能性が出てきます。つまり、全員が関係者になるのです。一人ひとりがこの問題について考え、家族などと話し合ってもらいたい、そして一人ひとりが選択してほしい、そう考えました。
同時に、家族が臓器提供を拒否する選択も、きっちり保護しなければなりません。心臓が停止するまで治療を行いたいという家族には、それも保障されるべきです。

つまり、国民の臓器移植に関する関心、知識を高めると同時に、脳死になれば臓器を提供したい人と臓器の提供を受けたい人を可能な限りマッチングさせる環境づくりが必要だと考えたということです。

3つ目の理由は、子どもの取り扱いに対してです。海外では、臓器移植が一切受けられなくなる中で、今までの法制度では100%子どもの臓器移植の道は閉ざされることになります。大人で臓器提供を待つ人も、先天的に疾患を持ち、臓器移植しか生存の道がない子どもも、同じように可能性を持つべきだと考えます。

いろいろな団体や立場の方から心配の声も聞かれました。しかし、法ですべてを規定することはできないし、必ず法の裏を探す人はいると思います。完全な法律はありません。心配や危惧があれば、運用の中で注意し、監視していくしかないのではないか。完全を求めては、何ものも一歩が踏み出せないと、私は思います。

そして私は憤慨しています。民主党の参議院会長が「臓器移植法案を最優先でやらなければいけないとは思ってない。急がなければ死んでしまうという話でもない。」と、今国会で必ずしも採決すべきものではないことをほのめかす暴言を吐いています。
民主党参議院の議院運営委員長も、憲法改正の際にしか法で認められていないのを承知で、「脳死が人の死かどうか国民投票にかけるべきではないか」との発言をしています。無理なのを知っていて

何故そう言うのか、採決に後ろ向きだからです。都合が悪いからと言って、これはひどいと思います。せっかく衆議院で可決したのですから、少なくともA案に対する可否について、参議院の判断を示すべきです。
26日に参議院でも審議入りしたわけですが、解散がいつになるのかわからない状況で、一刻も早く参議院での意思を明らかにすべきです。