震災後のビジョン~復興への課題~

2012年02月29日

今月11日で、東日本大震災から一年となります。津波の恐ろしさをわかっていたようで、まったくわかっていなかったことに気づかされました。改めて自分が住む足元の災害対策も気になりました。
今年度、私は地元の中学校のPTA会長をしておりますが、そのPTA会長会でも、「子どもの留め置きの徹底」やそのために必要と想定される「食料の確保」などの対策が議題に上がっています。

■被災地の現状
では、被災地の状況はどうでしょうか。
私が支援活動を続けている岩手県大槌町では、仮設住宅内での住民の交流がほとんど行われておらず、交流の機会を提供するための炊き出しなどのイベントが求められているという話や、求人が多く、倍率0.75という状況にもかかわらず、工場を再開しても働く人が集まってこないという話などを聞きます。
雇用の場は提供されていても、魅力ある場ではないのか、もしくは働かずともやっていけるのか、この分析はまだ聞いていませんが、まだまだ落ち着いていない異常な状況だということはわかります。

■復興支援の重要ポイント
被災各県も復興計画なるものをまとめています。国も特区などの支援政策をアピールしていますが、中身を読んでみると、方向性はもちろん示されているものの、被災者が期待し、待っていたものとはかなりかけ離れている気がします。
ガレキ処理の問題なども被災地の大きな問題としてありますが、それ以上に深刻なのは、あまり指摘されていませんが、若い世代の流出だと私は思っています。
昨年12月の段階で、被災3県では34,000人もの人が被災地から転居しましたが、なんとその8割以上が30代以下でした。本来その地域の復興を支えるべき人たちが、内陸部や都市部へ出て行き、高齢者だけが残される現象が極めて顕著になってきています。今の状況ではお金を投じて新しい街を作っても、過疎・高齢化の新しい街を作ることにしかなりません。

■若い世代が求めるものは?
では、今後の地域を支える若い世代に戻ってきてもらうには何が必要か?
私はその地域の将来の希望・ビジョンがあり、若い世代がそこの場所で夢を求められる可能性を示すことが大事だと思います。若い世代はこれから何十年とその場所に住み、働き、子育てをすることを考えます。子どもや孫達がこの場所で暮らし続けていけるのか?しあわせを感じる人生を過ごすことができるのか?その展望・ビジョンがなければ、戻って来ないと思うのです。
そのためには、単なる雇用の場というのではなく、将来、それがどう発展していくのか、どのようなやりがいを感じられるのかなど、自分の夢が実現できるという確信を持ってもらえる復興計画を出していかねばならないと思います。
例えば大槌漁協は1月半ばに破綻をし、解散しました。震災の影響があったのはもちろんですが、以前から10億円を超える借財があり、経営的にも行き詰っていたことがわかりました。
つまり、単に今の行政が唱えるような「震災前への復興」を掲げても、次は行き詰ることなくやっていけるという展望がなければ、魅力ある仕事とはならないのではないでしょうか。

■都市部との連携
そうするために必要なことの一つが、都市部との連携だと思います。被災地は、今回の震災で多くの都市部のいろいろな団体や個人と、ボランティアを通じて知り合ったでしょうから、そういう人たちに末永く応援団になってもらう取り組みをしていけば、ゆくゆくは消費者として大槌産の物品を購入していただけます。こうした産業興しという形の支援をしてもらうことも視野に入れるべきだと思います。 

■横浜からできること
私は今まで個人として「ゆいっこ」という復興支援グループで活動をしてきました。今後の活動の方向としては、やはり産業興しの支援になることを中心に行っていきたいと思います。同時に被災地においても、一つでも多くの成功例が出せれば、やる気になる人も多くなるはずだと思うのです。
今、横浜市瀬谷区においては、有志が「三陸沖に瀬谷丸を」ということで活動を始めようとしています。漁業再開に向けて船を贈ることで、産業興しの支援をしたいということです。多くの人が協力してくれれば、その方々は今後は大槌町で水揚げされる魚などの購入者になってくれる可能性も大きくなります。3月25日には瀬谷小学校でフリーマーケットを企画し、多くの人に知ってもらうと同時に、その売り上げを募金に回すことにしているそうです。
ゆいっこの支援活動もこういう取り組みや現地でがんばっている人たちの応援を、人と人との交流や情報交換という形で進めていければと思っています。