1年後の大槌町にて

2012年03月13日

昨日は岩手県の被災地、大槌町へ今年にはいって初めて行ってきました。
最も大きな使命は「三陸沖に瀬谷丸を!」プロジェクトを、碇川(いかりがわ)大槌町長に説明し、大槌町の全面的な協力を得るということでした。
碇川町長はこの日、町民献花による慰霊祭の日で、大変いそがしいなかお会いいただき、同時にプロジェクトへの協力を約束してくれました。
3月25日に横浜市瀬谷区で行われる瀬谷小学校でのフリーマーケットにも大槌町役場から最低一人は参加させるということも約束してくれました。
「誰かを派遣します」とのお話しでしたが、できれば町長自らお願いしたいと、無理なお願いもしてきました。
実際に現地の方が来て生の声を聞くことは何よりも大切だと思いますし、この後の支援活動を考えたときにも、顔が見える関係づくりは大きな力になると思います。
また今回、個人で寄付してくれた方には所得控除ができるよう、役場に書類を出していただきたいとお願いし、了解いただきました。

↑ 碇川大槌町長と。今回はゆいっこ花巻支部の高橋博之くんと一緒に行きました 

役場に行く直前には漁協を訪ね、今回のプロジェクトの報告をしてきました。
前回12月にお会いしたときには、「旧組合」が破綻するなど予想だにしていませんでした。
今回は旧組合が清算業務をし、3月1日に発足した新組合が引継ぎでバタバタしているところでした。
職員も半数以下になる見込みで、5~6人に。組合員数も800人から180人程度と、4分の1以下に減ってしまいました。
なんせ人手が足らずバタバタで、しかも国や件で話が進むので、現場は何が起きるかもわからず、いきなり決定事項を教えられるという状況だそうです。
お話しした方は私たちゆいっこが活動していた安渡小学校避難所にいらっしゃったため、ゆいっこの活動を見ていてくれたので、信頼していろいろ現状を話してくれたのでした。
その方の最後の一言が強く耳に残っています。
「俺らは津波では生き残ったけれど、今や人に殺されてしまう」。
昨年12月に訪問した際に横浜市瀬谷区の「あずまの幼稚園」の子ども達が願いと思いを込めて描いた絵を漁協に進呈しました。今も、漁協の入口にはしっかりとその絵が貼られています。
すごく嬉しかったです。
漁協の方々に、私達が少しでも力になれれば・・・と改めて感じました。

 ↑ 大槌漁協を背景に

NPO法人「ぐるっとおおつち」さんにも表敬訪問しました。以前、横浜でお会いした方にも再会でき、大変歓待してくださり、ありがたかったです。
その時の写真を早くもブログに載せていただきました。
「ぐるっとおおつち」さんはおおちゃん、こづちちゃん人形を仮設住宅のおばさんたちに作ってもらい、全国に販売しているNPOで、私もご縁をいただき、横浜でご紹介させていただきました。
「歌手など発信力のある有名人にアピールしてもらえばいいのに・・・」と話をふると、3月11日には長渕剛が来てたの、来てないの、EXILEがよく来るなどの話となり、うまく宣伝してくれたらものすごい力になるねという話になりました。
ここには私のような外部の(主に都市部の)人間がたくさん入ってくるので、本当にうまくつかまえてお互いにとってプラスとなる関係をつくれれば、希望になるのにな、と思いました。
大槌の物産について尋ねると、「わかめカステラ」「や「わかめかりんとう」という名前が出てきましたが、なんと言っても海産物が上がらないので、海産加工物がないと嘆いていました。
実際に現地の海産物加工工場へ行きましたが、モノがなく苦労しているとのことで、他の地区の生のりを焼き海苔に加工しているところでした。
乾燥わかめや海藻類ももう残りわずかのような話しをされていました。
基幹産業がイカレてしまうと、本当に影響が大きいんだということを実感します。
やはり本来の産業を復活させないと、本来あった地域にまで戻らないなあと思いました。

↑ ぐるっとおおつちのみなさん

最後に献花をしてきました。
大きなテントがグランドに設置され、花で祭壇が作られており、中央に大きな柱が立ち、多くの花がその前に捧げられていました。
写真を撮れる雰囲気ではまったくなく、私もそんな気持ちになれませんでした。いつも会っている大槌のみなさんの心の底にある悲しみに、初めて触れた気がしました。
そう言えば、昨日、仮設住宅へ上げてもらって、朝ごはんを食べさせてくれたおうちのご主人も、「3月11日のその時間には、仮設住宅の前にじいちゃん、ばあちゃんからみんな並んで、半鐘聞いて、黙祷して、手を合わせたんだけど、そしたら、涙がこらえられず、みんな泣いてた」と言ってました。
後で他の人に聞いたら、そのご主人も夜にお酒が入ったら、やはりまた泣いてたそうで、本当に「あの日」が「特別」だというのを感じました。
体験していない私には絶対にはかり知れない心持ちでしょうが、だからこそできることがあり、だからこそ一緒にやれることがあるのだと思います。
その人その人、できることを精一杯やっていくしかない、と思いました。

↑ 仮設店舗