違和感のある歴史の教科書

2012年09月06日

今朝は、東戸塚駅東口で街頭活動を行いました。

そして、夏休みが明け、久方ぶりのPTAの会議が中学校でありました。リハビリが必要なくらい、遠くなっていた学校のリズムでしたが、少し戻ってもきました。

今日、明日が長女の期末テストなので、家にあった歴史の教科書をチラチラと読んでみました。特に今、昭和史という本を読んでいるのでその辺りを見てみましたが、ものすごく違和感があります。
何がそうなのか、うまく言えないのですが、何か違うなあという感じです。
中学生の教科書なので詳しく書けない、文章量も取れないのはわかりますが、ならば選択するのがこの場所か、というのがあります。
それは、読んでいて、なぜ当時の日本がそうしたのか、その「なぜ」が全くわからない、もしくはものすごく薄っぺらな書き方しかされていないからなんだということを感じました。
例えば、アメリカとの開戦直前、アメリカから日本に対してなされた要求のうち、主なものの一つは、「日本が持っている中国での権益を分けてよこせ」というものでした。アメリカが非難してきたのは、「日本だけがひどいことをしている」ことではなく、「日本だけが独り占めしてずるいから分け前をよこせ」ということですから、実はアメリカも日本と体質は全く一緒です。
しかし、教科書を読んだ限りでは、そのことは全く感じられません。
日本だけが特別に、そして突然に侵略して、ひどいことをしたようにしか受け取れません。
日本は選択も間違えたのだろうし、本来行くべき道を外れたのも確かでしょうが、なぜ間違えたか、またどのように考えていたのかは、その時の環境や状況がはっきり認識されていなければわかりません。
その状況を把握するのには、勝手に載せるものを選んだりせずに、公平に事実を提供し、子どもに考えさせることが必要です。
今の教科書では、そこから考えることができません。大事な所をはしょり、正確に伝えないのでは明らかに逆効果です。
せめてうちの子どもたちには、教科書だけでなく、小説や今私が読んでいるような通史的なものをしっかり読ませて、なぜなのかを考えることをさせたいです。