終戦の日に

2010年08月15日

今年の終戦記念日は日曜日でした。日本では、お盆休みとも重なるので、何だか損をしたような気がする人もいるのかな、などと思いながら、戦没者追悼式のラジオ放送を聞きました。
現職の時は、追悼式も必ず出ていましたが、やはり少なくとも年に一度、今の日本の平和がある裏側には多くの先輩方の犠牲があったことは忘れてはいけないのではないか、と思いました。
夜もいろいろ特集番組があったようです。そのうちの一つをちらっと見ましたが、コメントがあまりにもうすっぺらで、当時の日本政府が何も考えていなかったかの印象を受けました。
当時と今とでは全く社会状況が違います。当時は、植民地は当たり前で、日本も常にそうなる危険と隣り合わせで強い危機感を持ちつつ、独立を保つ努力をしていたわけですが、その点もあまり触れていないし、既得権益を持っていた欧米列強からつぶされる圧力を常に受けていたことも、充分に指摘されていないと思いました。
ハル・ノートというアメリカからの最後通牒の件でも、アメリカは日本と開戦を企図して日本が受け入れられない内容を突きつけてきたわけですが、「戦争しかないと思ってしまった日本政府は真珠湾攻撃を行ってしまったが、まだ交渉の余地はあった」とコメントしてました。どういう余地があったのかということは、コメントしないのですから、当時の日本政府があまりにも愚かだったとしか受け取れない内容になっています。
もちろん、結果から見れば間違えた判断があったのだ、と思いますが、なぜそう判断したのか、の部分が一番大事だと思うのです。
誰でも戦争よりは、平和状態がいいに決まっています。それでも戦争を決断しなければならなかった状況とは何か。
通常の状況とは明らかに違って、切羽つまった状態だからこそ、戦争という決断をしたのですから、次には同じような局面ではどのような対応をするのか。ここを反省しなければ次も戦争を決断しかねません。次には戦争でない対応ができるよう、歴史に学ぶべきだと思います。
それでも歴史は繰り返し、2000年の昔から基本的に同じようなことを続けている人間ですから、改善していくのは難しい作業です。だからこそ、努力を続けなければならないのに、考えることをやめてしまうような番組は本当に問題です。     

その後、「15才の志願兵」というNHKの番組も見ました。
私としては物足りなさも感じるドラマではありましたが、主人公の友人の日記を主人公が読み上げる部分では、うちの長女、次女ともに、泣きながら見ていました。
ドラマの中で、志願兵を募るために開かれた学校の全体総会で「我を捨てて、国のために志願しよう」という空気が盛り上がるシーンがありました。
その熱狂の雰囲気の中、自分を持ち続けることができるか、また、流れとは反するけれど、自論を貫き通せるか、私も考えさせられる内容でした。