原発事故について。

2011年04月21日

原子力発電事故は、正直言って、これだけひどい状況になるとは私も思っていませんでした。これを受けて自民党の原子力政策の過ちであり、自民党の責任だ、と押しつける人がいます。今この時点で考えれば至らないところも多々ありますし、過ちもありました。今になっても、放射能という廃棄物は、結局人間の力で分解などの処理が出来ないままです。

人間が処理できず、しかも人体に長長長期間、悪影響を及ぼすものを、使えるからと言って使うのが正しいのかどうか、坂口安吾の言い方で言えば、原子バクダンは子供の遊びであり、学問ではない、ということも言えるのでしょう。そして、当時は学問によって立派に制御できる、という自信があった。それができなかったということが今回わかり、本当に遅ればせながらもう一度その前提を変えて議論をしていくことが必要でしょう。

しかし、今回ここまで、一時は制御不能近くまでいってしまったのは、これは事故後の対応のまずさ以外の何物でもありません。今更ながら縦割行政の弊害が如実にでました。省庁間、もしくは、都県と国のあいだで感情的なぶつかりもあり、何とあの非常時に消防士の代わりに警察官が水をかけるシナリオなど官邸は作っていました。「岡っ引きには火消しはできない」のにです。

さすがにここでは自民党が仲介に入り、消防士が作業を行いました。必要とされた放水車が日本のどこにあるかも政府は知らなかったそうです。自民党がその車も取り寄せました。
また、政府はこれだけの短いあいだに、現場の責任者を6回も換えたそうです。それでまともな判断を期待できるはずはありません。
数限りない対応のまずさと総理のパニックによる怒鳴り声がここまで事態を悪化させたのです。建屋が水素爆発を起こしてしまったことにより、もう後戻りはできなくなってしまいました。

20~30年は人が住めない、と総理が言うほどまでになってしまった原因すべてを自民党の原発政策に押しつけるのは、明らかに間違いだと私は思います。対応をキチッとやり、急ぎ冷却を適切に行えばここまでひどくはならなかったはずです。原発がいかに強力で、いかに危険かを充分に知っていながら今回の状況を引き起こしているのですから、その責任は同様にしっかり指摘されるべきであるし、とるべきであろうとも私は思います。

同時に、放射能も人間の手で扱える、分解無害化できるということもここまでなかったのですから、ここで路線の変更も考慮していかねばいけない、と私は思います。
どちらにしても、これからもエネルギーをなるべく使わない方向へ社会を誘導することが必要なことです。
極端な決めつけは、整理しやすい半面、現実からは遠く離れてしまうということを改めて感じました。