被災地レポート【いわて・結っこ】

2011年03月22日

 

さかい学がみなさまから託されました義援金で物資を購入し、被災地まで届けてきました!

さかい学、被災地レポート

↑いわて・結っこの事務所。一日市商店街の中にあります。
積んである箱も戸塚の企業さんからご協力いただいた衣料です。

 

各地から寄せられている物資の山です。

 

 

↑各地から寄せられている物資の山です。
これをボランティアの方々が一生懸命に仕分け作業をします。

 ↑釜石市内の様子です。常識では考えられない情景です。
大槌町と比べて、建物が壊れていても残っている分、異様さを感じます。
ここは全く海が見えません。海から300mほど入ったところでしょうか。
これでは、ここまで津波が来るとは思わなかったのではないでしょうか。 

 

 

↑この2階まで津波が来たことがわかります。

↑家の中に車がゴロゴロ突っ込んでいます。
周りには土のようなもので覆われているのですが、
ここでは大変油のにおいがきつかったです。

 

 

 

↑行き先を示す看板が立っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↑これは釜石市両石(りょういし)という地区です。
手前から道があり写真右手奥まで続いていました。
海にひっくり返っている大きなコンクリートブロックは、堤防のかけらです。
堤防が粉々になり何の役目も果たしませんでした。道も大きく削られマンホールのあとしか残っていません。
威力のほどが感じられます。

↑大槌町安渡小学校の全景。
安渡小には450人の人が避難生活をしています。(3/23時点)
老朽化し、もう取り壊す予定だったのですが、
皮肉なことに耐震基準を全く満たしていないこの小学校が津波から残ることに。
この地区の中核避難所として機能しています。

↑朝食の配給状況です。
この日はランチパック(もしくはおにぎり)とたまごスープ。
500人分の汁ものを作るのは賄いが大変なので、
一杯ずつ分けられている即席みそ汁は大歓迎されました。

↑ギューっと握られている自衛隊おにぎり。塩効いて中身の具なし。

 

 

 

 

↑器がないのでカップラーメンの容器を使ってます。
これを見て早速マグカップ500個を横浜から届けました。

 

 

↑メモを壁に貼りだし、行方不明となっている家族を求めています。
電話が使えない中、各避難所を自らの足で回って探すしか、消息のわからない家族を求めるすべはありません。
ガソリンが絶対的に不足する中、自転車が今、強く求められています。

 

↑ここは寺野避難所。もともと弓道場であり、下は土間。土になっていて、そこに段ボールを敷いて雨・露をしのいでいました。この日やっと畳が入り、土間との間にブルーシートを引き、畳を敷きつめいているところでした。

ここはすぐ裏が自衛隊の基地でもあり、そこには物資が山積み。米もたくさんありましたが、この避難所では、炊事施設がないため、ご飯を口にしたことはないのよと避難していた人が訴えていました。

 

↑衛星電話。とにかくこれが登場するまで全く外部と連絡がつかず。一人1日1回、2分まで。東京ではかなり安くレンタルできるようだと聞きました。

 

↑引き取り手のない衣服。
ここまであからさまな取り扱いは、ほかの避難所では見なかったものの、
置き場に困るほどどこにも物資があふれています。
「集まっているのでいらない」と救援物資を持って来た人にお断りをしているのを目の当たりにし、
そのミスマッチに心を痛めました。

 

 

 

 

↑宿泊する部屋、パソコン部屋に入ると、「マスクを使ってください」と渡されました。
4人グループの我々に、60枚入りのマスクを2箱も。
物資は、十分にあるものと不足しているものがある様子。

↑夜食にと出されたパン。
気前がいいなぁと思ったのですが、消費期限が4日も過ぎていました。
決して、消費期限切れのパンが届けられたのではなく、単に余ってしまったから。

 

↑同じパンがある避難所に、「ご自由にどうぞ」と置かれていました。

 

↑正面入り口にあるNTT特設公衆電話。
一世帯につき1日1回。利用時間は1回2分以内。
また、3/22にやっとNTTドコモの移動中継所が到着。
携帯電話はドコモのみ使えるようになりました。

↑我々が泊まったパソコンルーム。
18:30には真っ暗。
ローソクとストーブの灯のみ。
パソコンは盗難の恐れがあるので、部屋の鍵を閉めて通常は入れないように管理しています。

 

 

 

安渡小学校前の市街地。
建物は何もない。瓦礫の山。
これら瓦礫の中にはまだ行方不明となっている遺体が埋もれていると考えられています。

 

 

 

 

 

 

 

↑小槌地区にできた自衛隊のお風呂。
しかし、入浴時間が15分とも20分とも言われており、しかも湯船の湯には垢が浮くということで、
避難所の住民からの注文は多い。
しかし、この風呂ができたので、私たちの募金で「避難所に風呂を作ろう」というアイデアは取り下げました。

 

 

 

 

 

 

↑この日から約3時間離れている花巻の温泉までの日帰り入浴ツアーがスタート。
比較的被害の少ない内陸部が沿岸部を支えるという、ある意味、画期的な取り組みのスタートではないでしょうか。
今日参加した人たちは、震災後13日目にして初めてのお風呂。
説明後、9:30になるとバスに乗り込み、44人が出発していきました。

 

 

 

↑岩崎ともかず県議。
コナカからのフリースを着ているところです。

↑この避難所の事実上の統括者、岩崎松生さん。
奥様がいまだに行方不明。
ご本人も車に乗って逃げ、波と一緒に走り、何とか逃げおおせたとのこと。
「あと10秒、10秒ですよ、10秒。遅かったらダメだったろう」と話しておられました。
お世話になりました。

 

 

↑モノを売っているのを、大槌町内で初めて見ました。
同じ町でも山の方の家々は無傷です。
しかし物流が途絶え、モノ不足に苦しんでいます。
だから有料でもいいんです。買えれば。モノがあれば。
多目的集会所にて。

 

 

 

↑これは金沢小学校の体育館の物資の山。
じゃがいも、たまねぎ、キャベツと山積み。コメ、ラーメンなどもご覧の通り。
そしてこの日の夕食はカレーライス。
なのに、ここから500m程の避難所では、「ああ、たまねぎが食べたい。
みそ汁に少しでもいいからたまねぎが入ってたら・・・」と訴えられる。
「あそこの避難所にありますよ。歩いても行ける距離じゃないですか?」と声に出しそうになったけれど、
システムや約束事がよくわからないので、沈黙せざるを得ませんでした。
ガソリンがあれば、お互いあちこち見て回れるのでしょうけれど、ガソリンが無いのですから、どうしようもありません。

 

 

 

 

 

 

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