政務報告 被災地視察

2013年03月16日

今回の視察・ヒヤリング先は大槌町。
私の活動の原点であり、なじみの場所でもあります。埋め込み画像への固定リンク

↑ 待ち合わせ場所で現地の役所の方々と打ち合わせ。

↑ 安渡小学校。
ここの避難場所が私の活動の原点です。
現在は仮設住宅が建っています。
今思えば、数少ない情報のなかで、多くの仲間たちとともに「今できる最大限のことを」をいう思いで活動していました。
今度は、政府の立場で「未来へ向けた、今できる最大限のこと」をやっていきます。 

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↑ 大槌町中央公民館安渡分館でヒヤリング。
ヒヤリングを取り仕切ってくれている中央公民館安渡分館の館長の関さんも私が初めて大槌に入って以来の知り合い。
早いもので「2年来の仲」になります。
私の横にいる青年3人は瀬谷丸の実行委員で、彼らも最初からこの大槌で活動を共にしてくれています。

↑ 私たち、ゆいっこ が支援活動を行って来た、安渡小学校にて、安渡町内会の方たちと。
ゆいっこは「顔の見える、息の長い支援」を合言葉に活動していましたが、まさに、この仲間たちが「顔の見える」の象徴。
少しずつ環境は変わっても、課題は形を変えていろいろあります。

↑ 久々に碇川大槌町長にお会いしました。

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↑ その大槌町の町長の本、『希望の大槌』。101ページに、私のことに触れてくれていました。

↑ 瀬谷丸のメンバー、碇川大槌町長と大槌漁協組合で打ち合わせ。
話の中心はもちろん、6月15日の「瀬谷丸」の進水式について。

↑ 大槌漁協組合の建物の外で、記念撮影。
ここには、たくさんの横浜のゆいっこの仲間たちが激励や視察に訪れました。

写真の中心にあるのは、常に瀬谷丸のメンバーの活動の真ん中にあった「瀬谷丸」の大漁旗。
横浜(都市部)から大槌(被災地)を支援し、一緒にお互いの地域を興していく象徴でもあります。

↑ 大槌漁港で進水式の下見。ここに瀬谷丸がやってきます。

↑ 街づくりについてのヒヤリング。

↑ 大槌町の「おらが大槌 復興食堂」が変わってました。
ビニール囲いでは限界があるということで、スーパーハウスのようなものでできてました。
この4月に補助金が切れるので、正念場だそうです。
今、補助金が切れることで活動を縮小したり断念しているグループが増えています。
これも復興支援の課題です。

↑ 大槌町の復興食堂の隣にあるアドビ。何に使っているのでしょう。
聞けないまま帰って来てしまいました。

↑ 大槌町のサンガ岩手さん。
横浜で呼びかけてタオルを集め、それを送って雑巾に縫ってもらって、それを買って、横浜で売っています。
以前こういう活動は、継続になるから嫌だと言われて、協力してくれなかった人がいました。
しかし、その継続が大事だと思っています。

↑ サンガ岩手さんには、被災者のおばちゃんたちが作った小物をいっぱい売っています。
笑いとともにお話しながら、作っているそうです。大事な居場所です。

↑ こういうものも売っています。
ゆいっこでは、今は「がんばるぞうきん」という名の刺し子雑巾を売っていますが、こういう小物も売っていきたいと思っています。